● 熊本地震で、ベトナム人技能実習生が高齢女性を救助
● ベトナム人留学生、日本で自殺を図ろうとした人命を救い表彰される
● ベトナム人青年2人、荒波を恐れず海へ飛び込み、日本人の子どもを救助
あなたは、その人が人生で初めて出会うベトナム人になるかもしれない
出国前のオリエンテーションで、私は学生たちにこんな質問をしたことがあります。
「日本で、最初に皆さんと出会う人は誰でしょう?」
「会社の上司です。」
「学校の先生です。」
「大家さんです。」
さまざまな答えが返ってきました。
私はうなずき、もう一つ質問しました。
「もし、その人にとって皆さんが人生で初めて出会うベトナム人だったとしたら?」
教室は静まり返りました。
質問が難しかったからではありません。
その瞬間、皆があることに気付いたからです。
世界には、ベトナムという国をまだ知らない人がたくさんいます。
彼らにとってベトナムは、地図から始まるのではありません。
最初に出会う一人のベトナム人から始まるのです。
その一人が――
あなたかもしれません。
日本では、一つの国をスピーチや広告で評価することはあまりありません。
人々が見ているのは、日常の何気ない姿です。
時間を守ること。
「ありがとう」と素直に伝えること。
礼儀正しくお辞儀をすること。
約束を守ること。
仕事を最後まで責任を持ってやり遂げること。
一つひとつは、とても小さな行動です。
しかし、その積み重ねが、やがて一つの国の印象をつくっていきます。
近年、日本ではベトナム人が地震の被災者を救助したり、海で人命救助を行ったり、自殺を思いとどまらせて命を救ったことで表彰されたというニュースがたびたび報じられています。
私は思います。
彼らはその瞬間、「ベトナムを代表しよう」と考えて行動したわけではありません。
ただ、目の前の人を助けたいという気持ちに従っただけです。
だからこそ、その行動は人々の心を動かしたのでしょう。
人は名前を忘れるかもしれません。
しかし、きっと覚えています。
「あの時、ベトナム人が助けてくれた。」
国のイメージとは、時にそんな一瞬の出来事から生まれるものなのです。

十五年以上、日本の企業や監理団体と仕事を続けてきて、私は確信しています。
一人のベトナム人の未来は、その人自身の能力だけで決まるものではありません。
その前に日本へ来たベトナム人たちが築いてきた信頼にも支えられています。
真面目に働いた技能実習生。
誠実なエンジニア。
責任感を持って学ぶ留学生。
その一人ひとりが信頼を残し、その信頼が次の世代のチャンスを広げています。
反対に、ごく一部の無責任な行動が、その扉を閉ざしてしまうこともあります。
海外へ行くとき、私たちは多くのものを持っていきます。
荷物。
夢。
家族の期待。
しかし、それ以上に持っていくものがあります。
それは、
「ベトナム人とはどんな人なのか」という印象です。
生まれた国は選べません。
しかし、どう生きるかは、自分で選ぶことができます。
だからこそ、ベトナム人と聞いたとき、
「親切な人」
「責任感のある人」
「信頼できる人」
そう思ってもらえるような生き方をしてほしいと思います。
海外では、多くのベトナム人が一つの名字で呼ばれます。
「Nguyen(グエン)」
本来は一つの姓に過ぎません。
しかし海外では、
「Nguyen」
という名前が、ベトナム人全体を表すように受け止められることがあります。
一人ひとりが誠実に生きれば、
その名前は少しずつ輝きを増します。
逆に、一人の軽率な行動が、
その名前を少し重くしてしまうこともあります。
これは学校では教えてくれません。
人生が教えてくれることです。
飛行機に乗る前、もし皆さんへ一つだけ伝えられることがあるとしたら、
私は日本語の勉強について話しません。
給料についても話しません。
最初に皆さんへ投げかけた、あの質問を思い出してほしいのです。
もし、あなたがその人にとって人生で初めて出会うベトナム人だったら。
その人に、ベトナムという国をどう記憶してほしいですか。
何年か経てば、
その人はあなたの名前を忘れてしまうかもしれません。
それでも、
「あのベトナム人は本当に信頼できる人だった。」
そう誰かに話してくれるなら、
あなたの日本での日々には、大きな意味があったと言えるでしょう。
あなたが今日手にしているベトナムのパスポートは、
新しい国へ連れて行ってくれるだけではありません。
それは、
「ベトナム」という国への誇りも、一緒に運んでいるのです。


